2001.12/22-12/24
今年最後の連休、天皇誕生日とそしてクリスマスイブ。平成になって12月のが短くなったように感じる。
感じがするのじゃなくて・・確かに短くなった。
街にいると師走の慌ただしさにこの一年を振り返ることなんてなかなか出来ないが一歩山道をたどると
その一歩一歩足を出すごとのにこの一年が昨日のことのように蘇ってくる。
不思議と楽しい。嬉しかったことばっかり・・辛いこともあったがそれもまた楽しい、嬉しい出来事だった。
多くの人とも出会えた・・山で、ネットの世界で・・その一人一人の方に感謝の気持ちを送ります。
あなたを笑顔で迎えること・・
あなたを手を振って見送れることが・・
嬉しいのです。
また、お会いしましょう。
ありがとうございました。
前日に降った雪が1000m付近から北斜面に残っている。凍っている地面に薄く積もった雪は滑りやすく
チョット気持ちが悪い。1500m付近で5cm風強く耳が痛い。
山小屋のクリスマスイブはホワイトクリスマス。
ドライフルーツの入ったパン・・シュトーレンを切り分け、小さなキャンドルを灯して静かな夜を過ごすはずだ
ったが・・また何時ものようになってしまった。いやいや・・私どもではなくお客さんがです。
帰りは道志の湯によるので早めに下山、青根に向かう。津久井側は山北側と違って雪だらけ舗装路は積
雪と凍結のため慎重に下る。
「オジサンも一緒に行こうよ」 「そうだな・・行くかあ」
-------------------------- 2001.12/15-12/16
東名を大井松田に向かっていると心ちゃんから電話
「今42Kポストです・・」「おっ・・こっちは・・え〜っと43Kポストだよ・・後ろにいるんだあ」速度を落として心ちゃんと高速道路上で合流。
べーさんの家によってから東沢より入山。登り口より霜柱をシャリシャリ踏みしめて登り出す。
同行の関口さんと米(よね)饅頭の大将を後にして心ちゃん、由美子さんと先行する。
冷気で鼻水がジュルル・・すすり上げながら見上げる青空に桧洞の稜線に霧氷の白い氷の花が着いているのが見える。
標高1500mを過ぎると霜柱も凍てついている。時折霧氷が風に飛ばされ舞っている。 小屋昼前着。今日はChappy
さいとう=斎藤先生が来る日、なかなか時間が取れない中、小屋遊びに来る。
さあ・・宴会大炬燵のセット。予約の加賀谷さんパーティとも意気投合して大宴会。
斎藤さんの奥さんお手製のシュトーレンをキャンドルを灯してからワインで戴く・・「おれ・・これだったら飲める・・これも美味しい」と心ちゃんがワインとシュトーレンのお代わり。
・・そして潰れました(爆) あっ・・そうそう、自家栽培のハーブありがとうございました。またお願いします。
朝5時半起床。
「おーっ寒。−6℃、夕べは−7.5℃。。なんだ少し暖かいじゃないか」と一人ぶつぶつ言いながらストーブに火を入れる。
みんな日の出に焼ける富士を写真に撮りに出かける。
泊りの皆さんを見送ってから発電機の点検をする。2号発電機オイル交換。焼き付き気味であったが回復。
「よかった・・なおって」 12時半下山、ぶなの湯へ向かう。
--------------------- 2001.12/8-12/9
小屋の改修工事も年内最後の工事となる。小屋番をはじめてから、少しずつ始めた工事。今では大勢の仲間に支えられている。
今回の残工事を完了させて今年の改修を終える。朝べーさんの家に集合し新松田待ち合わせ組みと合流し入山。
東沢より見上げる稜線は霧氷の氷の花をつけているのがわかるほど白くなっていた。今日は資材の荷揚げもなく、2日間の食料の荷揚げだけ。
先週までは落ち葉の登山道をカサカサと枯れ葉の音と共に登っていたが今日はシャリシャリ・・霜柱の音がするほど冷えていたる。
1500mから先は霧氷が見事についていた。
1時前小屋着、先着組みはビールなどを飲んで前景気をつけていた。「さあ始めよう」
先週の残工事となった内部の工事か中心。こたつの設置と床貼り。
「あれ・・サッシが歪んでガラスが閉まらない・・どうする」「隙間テープを貼るか・・」
「だめだ!雪が吹き込むぞ。やり直し」と統領格のべーさんの一声でやり直すが外壁のトタンまではがすことになり投光器をつけての作業となった。
「うーー。寒・・」気温は下がって氷点下になっている。 「ごはんですよーーー」
20人用炬燵(予定)をとりあえず囲んで宴会の開始・・消灯11時。また夜更かしの小屋になってしまった。
そんな訳で起床は7時・・
朝食後作業にかかる。内壁貼りと炬燵のやぐら作り・・「3時半には下山するぞー・・それまでに終わらせるぞ」
床、炬燵、壁・・できあがった。見違えるような空間の出現・・・ニコニコである。
そして・・リーフまで飾ってくれた。。ありがとう。
べーサン。佐藤さん。太田さん。ぎいちさん。なりさん・ちびさん。しんちゃん。ゆみこさん。
---------------- 2001.12/1-12/2
最後の一枚になったカレンダー・・・山の空気もすっかり冬の冷たさを含んでいる。
先週に引き続き残工事の消化でSAC西口さん、ちびゆきえサン、由美子さん、心ちゃん 青根でで待ち合わせする。
また、今回は業務無線機のテストもする。以前にもモトローラ社の運用テストをしたが、基地局のロケーションが悪く、今回MCA無線機でテストをする。
小屋に12時半到着、小屋開け早々残工事に取り掛かる、明日の下山までに外部壁のトタン張りを済ませなくてはならない。
トントン・・トタン張りをしながら無線機の運用テスト「青根取れますか・・こちら桧洞・・」
携帯もいいけれど、山にはやっぱり無線機が似合う。
3時過ぎ泊りの方が到着みんなサン予約のお客さん。なかにホームページの英語版を持ってきたオーストラリアからのお客さんもいる。
少ない人数なので薪ストーブを囲む。心ちゃんのギターに歌もでてささやかな宴会となる。本日消灯11時(笑)
5時起床。朝食の準備。朝食後、作業開始。本物の監督が指揮を執るが手代が素人、監督兼職人で西口さんが奮闘・・・
3時外回りのトタン張り完成下山。東沢についたときはすっかり日が落ち暗くなっていた。 ------------
2001.11/23-11/25
秋の連休は、良い天気ではじまった。ここ4年この連休は小屋の改修工事が行われてきた。
今年はいよいよ山側の土台を交換する。オヤジも意気込んで参加、指揮を執る。
工事参加者が合流し、東沢より入山。期間中の食料のボッカがメイン。
西丹沢の紅葉も500m付近まで下がり、ツツジコースは落ち葉で埋まっている。落ち葉が歩むたびにカサカサと耳に響く。
小屋12時半着。早速解体に取り掛かる。日帰り参加の太田さん伊藤さんはボッカの後、下山していった。
「ありがとう」彼らは一言のお礼だけで協力してくれている。感謝・・。
工事中でも泊りの人が来る。泊りのかの接待が終わってから工事班の食事・・「お疲れさま!」初日の夜を無事に迎えた。
5時起床、由美子さんは食事の準備に取り掛かっている。7時には泊りの方を送り出し、二日目の工事にかかる。
土台、柱の交換・・午後3時ぐらいから泊りの方が入り出すが工事に一段落がつかない。夜7時になり野地板を貼り終えて二日目を終了。
昨日もよく飲んでいたが・・今夜もいったい何処から出てくるのかと思うほど酒がある。「久保田の千寿じゃん」なんでこんなのが隠してあるの?こっちにも頂戴・・
南風が強く吹いている天気が崩れるかもしれない・・ 天気は崩れることなく良い朝を迎える。
三日目、今日が工事の最終日である。食事後すぐに取り掛かる。蛭からの縦走者がちょくちょく寄ってくれる
そんな中に「桧洞の由美子さんへ」とメールをくれる八代夫妻がコーヒーの差し入れを持ってきた。「おひさしぶりです」と挨拶、由美子さんも嬉しそうだ。
オヤジは心ちゃんが付き添いで下山する。鈴木さん3時下山していく。「お疲れさま」
どうやら、例年どおり完成を見ないで工事が終わりそう・・発電機を回して8時まで頑張る・・・
「お疲れサン、ここまで」統領格のべーさんの指示で終了、小屋周りを点検して下山する。
新松田で解散。しかし電車がなかった・・・。
参加してくれた人
べーさん、はらださん、しんちゃん、ゆみこさん、すずきさん、さとうさん、おおたさん、しぶやさん、ふくしまさん、ぎいちさん、にしぐちさん
なりさん、ちびさん、いとうさん ---------------
2001.11/17-11/18
前日の夜、玄関チャイムがなった其処に関口さんが立っていた「明日行くのかな」と関口さん。
混んでいる時より空いているときにまた行きたいと以前から言われていた。
本当は毎週賑やかな小屋があって欲しいと願っているが、どうもそのようにはならないみたいだ。
泊まってくれる人の方が小屋の良さを知っているようだ。青根に用事があったので七沢温泉を通って宮が瀬経由で青根に向かう。心ちゃんとオヤジの家で待ちあわせ。
8時半青根を出る、途中神之川林道は秋真っ盛りに燃えていた。ちょうど標高で言うと600m付近だ。
12時半小屋着、15日にヘリであげた荷物の点検、小屋開けと忙しく動く。お陰でゆとりの時間ができる。
心ちゃんはギターの弦の交換をはじめる「歌の本も買ってきた」と出すが「・・・知っている歌がない」「あれ・・サザンの白い恋人が出ている」と由美子さん
思わず心ちゃんに歌詞の本は古本屋さんで買うように言ってしまった。
ギターのチューニングも終わり、前からあった古い歌詞本でポロローーーンギターを奏でだし、軽いハミングから歌声に変わっていった。
予約のパーティが来ない、多分キャンセルかなと思っていたら懐中電灯を照らしてやってきた。
「やあ、ヤット着いた」「蛭は何時ごろでたん?」「昼過ぎですから・・6時間かかりました。きつかったです」
72歳と68歳の御夫婦で塔からここまで11時間かけて歩いてきた。たいしたもんだと感心してしまった。
明けて朝5時起床。食事の用意、7時半泊りの方を送り出す。しばらくするとパラパラとアラレがあ屋根を叩く。
気温が下がり雪になる。蛭から来るパーティも少ない、そんななか5名のパーティが来る。
「あの・・だいだいサンって知っています?、ちびゆきえサンとか」「知らないなあ(笑)そんな人・・あんた誰?」ネットのお友達らしい。
そんな事でコーヒーを飲みながら雑談。♪あーもしろい虫の声・・るん。 怪我の湯治をかねてぶなの湯による。
----------------- 2001.11.10-11/11
午前中雨が残るようだ。新松田で小田原の佐藤さん、SAC西口さん合流。今日はyahoo掲示板トピのオフが
ある日。
晩秋の雨に煙る自然教室で彼らに会う。小屋にきてくれるYAMACatさん,tobetobeさん、の姿が見えた「上で待っていますよ」東沢に向かう。
標高800m付近の紅葉が盛り、♪赤や黄色の色とりどりに・・とはよく歌ったものだ
1500m付近で雨がミゾレまじりになる。石棚の分岐近くなってミゾレから雪に変わった。北西の風も強くなり吹雪き状態になりだした。
足の調子はイマイチ・・無理をしちゃいけません(笑)
1時,OFF会パーティが到着。小屋の中がにぎやかになる。今日はあと2パーティのが来ることになっている。
天気は午後になっても回復しなかった。鈴木まーちゃん、到着。「よ!おひさしぶり」懐かしい顔があった。
青根で予約を受けた9名パーティが到着。一気に賑やかさが加速した。
ほろ酔いの顔に笑顔がこぼれ山の歌を口ずさむ・・。その歌声が広がり、佐藤さんも加わって歌声喫茶のように合唱となったった・・。
西口さんはストーブの番・・気を付けてね。詳細は・・そのうちうわさで流れるだろう・。
5時半起床、早立ちパーティは5時からゴソゴソ動き出していた。
天気は上々。昨日の雪で富士山も五合目まで真っ白になっている「富士山が奇麗だよ」
12時半下山、「ユーシンの紅葉が奇麗だろうな」と佐藤さん。「じゃあ見に行こう」ユーシン渓谷に向かう
ユーシン渓谷は紅葉見物のハイカーや写真取りの人が大勢入っていた。
---------------- 2001.10/27-10/28
久しぶりに入山、今日は様子見で入山口までの予定だったが、なんか調子が良いような感じなので
行ける所までと登り出す。山肌は秋の風情に包まれつつあった。見上げる熊笹の峰南面は赤、黄に染まっている
昼過ぎ小屋着、「来ちゃった。あははは」思わず笑みがこぼれた。
2ヶ月ぶりの山の夜、ガスがかかっているが明るい星が瞬いている。明日は天気が崩れる予報。
泊りの方もゆっくりの起床、ガスが濃く滴となって屋根に落ちている。「雨ですかね」「平地では午後こら雨ですからもうじき降り出しますよ」
言っている矢先から雨音に変わってきた。予報はまとまった雨になると言っている。
「早めに下山しよう」10時下山に向けて小屋閉めをする。
下りは、上りより足に負担がかかるのでゆっくり下山、ぶなの湯で湯治。
後日談、青根の奥さんがパソコン教室に通い出したそうだ。
-------------- 2001.6/30-7/1
曇りで雨は?はない。と東沢より入る。由美子さん、心ちゃん、小田原佐藤さん、太田さん、阿部さんのメンバー。西口さん寝坊遅れ自力入山。
降らないはずだったが入山口についたときは、もう既にしっかり降り出していた。「どうするカッパ」「傘でいくよ」由美子さんはしっかり雨支度。他のみんなは傘で出発。
傘を差しているだけでも蒸す。しっかり雨支度の由美子さんは汗をかいて丁度良いと脱ぐ気配も見せない。マメザクラのサクランボーが着いている。みんなで摘まむ、
チョット酸っぱいが確かにサクランボーの味がする、皆口、指を濃い紫色に染めている。
木道ではヒメシャラの椿のような白い花が落ちている。見上げると高い枝の先にヒメシャラの花の蕾がまだ沢山ついていた。
今日は中華三昧。酒も大吟醸で皆ほろ酔い、心ちゃんのギターも飛び出した。
消灯は不明。午前2時目が覚める。夢を見た掲示板の夢、MJも着信しているのか点滅していた。それから外に出ると夜景が奇麗、見上げると星空。流れ星が流れた。
帰ったらPC繋いでみよう。布団に戻るが目が冴えてしまい寝ることができなくなる。阿部さんもゴソゴソ起き出し二人で椅子を持ちだし。日の出を待つ。久しぶりだ。
日の出を見たくて待つなんて。
蛭から数名縦走してくる最初は7時ごろ到着。4時半に蛭を出たそうだ。外に茶会用の大きな赤い傘を差す。気温も12℃を越える。
佐藤さん太田さんは雨山〜寄のコース調査で早めに出発。残ったものはめいめい本を読んだり、外に出て望遠鏡を覗いたりして至福の時間を過ごす。
蛭川さんが来る。山の上で会うのは久しぶりだ。
東京では36.5℃、!!山を下りたくないね。今年一番の暑さ。昨日は10℃だったのに今日は24℃、調子が狂っちゃう。
1時半下山。
--------------- 2001.6/23-6/24
週間予報では土日は雨の予報だが、晴れるかもと森田さんがテレビでいっていたとおり、梅雨前線が北に押しやられる。
青根に予約の状況を聞くと予約がないから休んだらと言われたが、登山道整備が終了し作業班の残った物資を小屋にくれたので片付けのために入山。
心ちゃん、由美子さんとツツジコースを登る。「やあ、暑いね」
小屋1時着、自然保全センターの方と待ち合わせをしていたが、クサリ場の下で会う。ぶなの話、キノコの話をしながら小屋まで一緒に歩く。
小屋に着いて「もっと、ぶなの話をしたかったのだが・・」とまた次回の楽しみと、下っていった。
そうそう、下る前に心ちゃんのボンボン柱時計を藤沢さんがセッティングしてくれる。
「ほー、動かないかと思っていた。藤沢さんすごいね」と心ちゃん、ぼくは結構年を食っているからと謙遜しながら「うちにあったから解かるんですよ。」
夜は食事の用意をしてこなかったので保存食をたべる。もちろん乾杯をしてからである。
朝4時起床。柱時計がボンボンと2つ鳴って一呼吸置いて残りの二回が鳴る。外は高曇り、朝日の薄日がさしている。
今日は早下山、保存食の朝食を食べて青根へ向かう。だいだいサンは蛭から八丁を下って青根へ向かい青根で待ち合わせる。
----------- 2001.6/16-6/17
天気は回復に向かっているようだが、まだスッキリしない。登りだしは高曇り。入山者は少ない。
登山道はすっかり花も終わり、花の艶やかさに隠れていたぶなの若葉が曇り空でも、その緑が眩しい。
小屋12時半着、今日はほとんど常連さんのみ。小屋開けをし、寝具のセット、調理の仕込みも早く始める。
今日はみんなで楽しく過ごしたい。心ちゃんも甘いお酒を飲む。だいだいさんが『山小屋物語』でも
作ろうかなどと話が弾む。小屋番は高倉健、心ちゃんは西田敏行、由美子さんは黒木瞳で・・わっはははあ
楽しい一夜を過ごした。
4時半起床。天気予報が当たり朝日で朝を迎える。きょうはトレーニングをかねて縦走する予定のようだ。
大倉へ向かうもの、大室を越えて道志へ向かうもの各自予定の出発時間に小屋を後にした。
今日は父の日、早めに下るつもり。そんな中、登山道整備の人が着く。雨が止んでいるうちに仕事しておくとのこと。
先々週にもきてくれた斎藤さんが犬を連れて訪ねてきてくれる「秋に宴会しましょう」と誘っておく。待ってますよ斎藤さん。
-------------- 2001.6/9-6/10
入梅した最初の週末。なんとか雨は降らないようだが望まれる西丹沢の山々にはガスがかかっている。
今日はゆみこさん、だいだいさんともんちゃん、西口さん、YAMAcatさん、関口さんの7人で登る。
ツツジコース上の休憩台の先はツツジの花びらが山の斜面を紅白に敷き詰めている。
地面が見えないほど敷き詰められた花びらが今年のツツジが如何に素晴らしかったかを証明している。
登山道整備の資材揚げのヘリが上空を飛んでいる。僅かな晴れ間を見ての飛行だ。作業員
の食料は小屋に下す。今月いっぱい小屋が登山道整備の基地になる。
ブナ党の皆さんは到着していた。再会の挨拶の後、ぶなの調査に出かける。小屋開け、荷解き、そんなことをしているうちにヘリが小屋に飛来する。
組の水、資材を吊り下げている。関口さんが「やー、ヘリのパイロットかっこいいねぇ。こんな近くで見るのは初めてだよ」
今夜のメニューはカレーと野菜サラダ。西口さんはツマミにとパスタを茹でる。
朝3時半起床と言っても由美子さん、小屋番は4時半でした。ガスが濃いぽたぽた滴が落ちる。
5月連休、山開き、ツツジこの3つが終わればまた静かな桧洞丸、青ヶ岳山荘に戻る。
あーぁ、よく働いた。いろいろ手伝ってくれた皆さん、ありがとう。由美子さん、ありがとう。
------------ 2001.6/2-6/3
例年この時期は忙しい。山開きの賑わいは小屋の仲間がほとんどだが、6月最初の土日はシロヤシオツツジ見物の登山者がほとんど。
由美子さんは風邪のためお休み、一人で入山する。
西丹沢は車で溢れていた。到着する定期バスも増発がでていて次々到着し、登山者、河原でバーベキュをする人たちが続々降り立つ。
偏見ではないが河原でバーベキュをするのは如何かなと感じる。また追々、丹沢の環境問題でも語ろう。
ツツジコース上部のシロヤシオが盛りを過ぎたがまだ残っている。先週まだだった木道から先のシロヤシオは可憐にトウゴクミツバは鮮やかに咲いている。山頂に近くなるにつれシロヤシオの花の密度が高くなっている。先週とは違い今日の青空に映え素晴らしいの一言である。
12時半小屋着。着くなり「ビールください」「トイレ・・」などなど嬉しい嬉しい連続攻撃。
泊まりの方全員来られる。ほとんどの方が小屋が寂しいときに訪れてくれた人たちでお馴染みさん。
そんなお馴染みさんの中で西口さんに台所を手伝ってもらう。由美子さんがいないとてんてこ舞いだ。ビールを飲みながら話が弾む。
「ホント、この小屋寒かった」「ゴミの話したっけね」「通ったときいつもトンテン。トンテン工事していたっけね」感謝。 4時起床。みろくのパーティは朝早く出発のため3時ごろからゴソゴソ動き出した。きょうは大山まで行く。他のパーティはゆっくり西丹沢へ各ルートで下る。
小屋番は私用のため早めの下山、西口さんも同行となる。
--------- 2001.5/26-5/27
明日は西丹沢山開き。オヤジも登る、同行はシンちゃん。
小屋番、由美子さん、ぎいちサンの3人で川崎を5時半出発。ちびゆきえさんも同行するはずだったが寝坊のため自力入山。
東沢で荷造りをしているとおやじ達が到着「あれぇ。うまく会っちゃいましたねぇ」
オヤジと一緒に登りだす。原田さん、ぎいちサン、シンちゃんの背中にぶなの苗木がそれぞれ追加された。
登山道に出てオヤジ絶好調、道行く登山者と話しながら登る。オヤジはいつもそーだった。
ツツジコースのシロヤシオは満開、この上のベンチから分岐まではコースの銀座通りだ。
白いシロヤシオのトンネルその中で赤紫の色を添えるトウゴクミツバ。実に見事だ。
今晩は小屋の仲間が大勢来る。懐かしい友の顔が一人、二人と集まりだした。
「こんちわー」「よー」「オヤジ元気そうだね」山楽会の皆さんも到着。
各自持ち寄った酒で皆赤い顔、米ちゃんの声が響く。米ちゃんの声は人が寝静まるとだんだん声が大きくなる
「うるせーぞォ」ついに怒鳴られる。
「みんなおとなしいな」とオヤジ。ゴキブリ達はゴソゴソ消灯後、外に出て簡単なテーブルを作って飲んでいる。
朝4時半起床。天気が悪そー。早出の組も二の足を踏んでいる。朝食後、餅付きの準備。「誰を引き止めてあんの?」とオヤジ。
餅のつき手と手返しが足らなくなりそうだ。「会長、手伝って」山楽会の皆さんを引き止める。
先週小屋によってコーヒーが美味かったと言って奥さん他を連れて行くよとメールをくれた斎藤さんがくる。
「今度泊まりに来るからいつ頃がいいかな」「秋の紅葉の頃はどう」
小屋の中も2時過ぎに一段落、小屋閉めの準備。そんな中、仲間が動けなくなったと登山者が駆け込んできた。
心ちゃん、ぎいちサンが様子を見に行く。原田さんをはじめ先ほど下った小屋の仲間が介護。
山の家の三橋さんが三保の山岳救助隊に連絡。警察、消防、救助隊が向かっているとのこと。
林道に着くと警察車両と救急車が林道を下って行った。 関係者みなさんご苦労様でした。そして小屋の仲間たちも。
--------- 2001.5/23
テレビ神奈川「ぶらり風気分」収録のため雨の中、入山。自然教室にてシンちゃん、レポーターのクロベエこと黒部幸英さん、JA神奈川の井上さん、TVK石渡さんと撮影スタッフ待ち合わせ。
顔合わせをして小屋番とシンちゃん、東沢より入山。台本では山頂近くでボッカする小屋番と会うことになっているが荷物の関係で先に出発。「山頂で待ちますか」「小屋の中で待ていてください」良かった・・雨に濡れながら待ちたくないもん。
撮影隊が登るツツジコースのシロヤシオツツジが素晴らしい。雨でもきっと良い映像が撮れそうだ。
小屋に着くとトウゴクミツバの花が水に挿してあった。「風流ですね、とんぼさんが生けたの?」「違うよ、登山者だろう」
雨で気温が低い。10℃ぐらいだが雨に濡れてくるとすぐ寒くなる。ストーブに火を入れる。シンちゃんはランプを吊るしながら囲炉裏も出しましょうよと言うので炬燵を囲炉裏にセットしなおす。
撮影隊到着。「あーー、着いた」着替えながら「オーー、体から湯気が出ている」遅いお昼を食べてロケ再開。「じゃあ、始めます、カメラさん、音声さん用意は・・」「バッテリーチェック、あれレンズが曇ってる」「あッ、まずい中だよ。」
どうやらレンズ内部に曇りが着いちゃって大変なことになっている模様。ストーブでレンズを乾かすがなかなか取れない。「コーヒーでも入れて待ちますかァ」「あったかいコーヒー、嬉しいです」
曇りも取れてロケ再開。
あー、緊張してきた。台本は一通り目を通して有るが内容は簡単なことしか書いていない。5、4、3、2、1!簡単なリハーサルはしてくれたがカメラが回ると頭の中は真っ白。声がひっくり返ってしまう。
4時半収録終了。撮影隊は中川温泉でのロケのために急いで下山する。「だいぶ遅れたもんな」
小屋番隊も後片付けの後下山。いつもと違う日帰り登山となりました。 べーさんのところで羊の肉をもらう。
施設調査終了 --------------- 2001.5/19-5/20
朝のNHKの画像で富士山が初夏を思わせるような姿をテレビに映し出されていた。今日は天気が良いなと西丹沢へ向かう。
丹沢湖を過ぎる頃より薄雲がかかりだし入山口に着く頃には檜洞はガスにすっぽり包まれている。
阿部さんがマメザクラを撮りに同行する。「先週未だだったから今週山頂は良いでしょうね」
今日は後、由美子さんとシンちゃんだ。ツツジコースを歩く人が多い。多いといっても表尾根や大倉尾根などと比べると決して多いとは言えないが。
1300m付近のシロヤシオが咲き出した。荷物に喘いでふーっと一息ついて見上げると白い可憐花が目に飛び込んできた。今年はじめて見るシロヤシオだ。
小屋に着くと数名の人たちが小屋の中にいた。昨日から留守番をしてくれていた平沢さんと及ちゃん、ミントの紅茶を持ってきてくれた。
「あのー、低山山歩のテッちゃんのところ・・”あず”です」「modokiさんですか?」「いえ、とんぼちゃんですよ」
「お電話で、神奈川テレビの○○です」と名刺を差し出した「あ、どうも。小屋番の佐藤です」赤いレインウエアを着た女の子が「私、横浜○○で…なんです」すると名刺を差し出した男の人が「あ、どうもお世話に・・」すると今度は留守番の平沢さんが「なんと言ったけ、ほら、・・。女の方で・・」「○○ですか」今度は赤いレインウエアの人が「とべ・・。」「へなちょこだったか、見たこと有るぞ」「なんちゃってです。なんちゃってハイカー」yahooのトピでレスつけたこと有るぞ」
その場にいた皆が勝手につながり挨拶しまわっていた。何しろ普段は寂しい小屋に人の花が咲いて何故か心がウキウキ。
泊まりの予定は20名。「今日は増えると思うよ」とシンちゃん。予想通り小屋の中ごった返す。「天候が悪いから今日は下らない。うち6名いるよ」と野木建設の奥さん。
朝4時起床。日の出も早ければ、出発も早い。6時半過ぎには皆送り出す。
早々に蛭からの縦走者が来る。「早いねぇ」「5時半に出ましたよ。凄い混みかたで」それから続々登ってくる。「ビールください」「トイレ・・」「バッチ・・」「コーヒー・・」「ハイ。ハイ。」「鹿がフェンスに引っかかっています」「??。見つけた人が背負って下すんですう」「ぎょ」
ホームページを見てくれている人もかなり通る「ホームページ見せていただいていますよ」「あれは誰、ちびゆきえさん?」「今日はいないよ、由美子さんだよ」「こっちがしんちゃん」日誌に登場する人物紹介。そんな中「桧洞の由美子さんへ」とメールをくれる矢代さんが来る「こんにちはー」と由美子さん。ブルーマウンテンを持ってきてくれ、早速シンちゃんに入れてもらい頂く。
川崎が御祭なので早めに下山予定だったが人が途絶えたのが2時半過ぎ。ようやく小屋閉めして下山。来週は山開きだ。
テレビ神奈川 42チャンネル「ぶらり!風気分」(6/4 20:45) 青ヶ岳山荘がほんの少し登場します。
-------------- 2001.5/12-5/13
久しぶりのスッキリ晴れた週末。連休の疲れも見せず、いざ入山。
気合は十分なのだが体が重い。肺炎以来体が今一の状態だ。息が切れるしスピードが乗らない。
禁煙してから2ヵ月半、体重がのってきているせいだろう。
のんびり歩く。1000m展望台付近のミツバツツジは終わっていた。由美子さん、ぎいちサン、大ちゃん
トベチャン、阿部さんが今日の同行者。安部さんはマメザクラを撮りに来たのに今一の様子。1500m休憩卓
手前のマメザクラは盛りを過ぎていてどうも被写体にならないようだ。シロヤシオも咲くまでにあと2週間以上かかりそう。
そう言えばここの気温が低い、休んでいると寒くなる。どうやら1500m以上は平年並の開花時期に戻りそうである。
山頂までは結構人が登ってくるが小屋まで下りて来ない。困ったパターンだ。小屋の存在すら知らない人がいる。だから静か。
それで貧乏。でもそれが良いって人たちがいる。だから楽しい。ようやくプラス志向になれた。
野木建設の専務が待っていた。同角山稜の登山道整備で小屋に泊まっている。山で会うのは初めて、少し打ち合わせ。
夜8時半過ぎ登山者が登って来る。手にはサブザックとシュラフ、マットを手に抱えている。「どうしたんですか?」
「蛭ヶ岳で泊めてもらえなくてここまで来ました」とりあえず収容し寝てもらう。
消灯時間後ぎいちサンが蛭を下っている明かりがあると管理人室に来る。「追い出されたのかなあ」双眼鏡を覗いてみる。
こちらに向かっているのは二人。臼ヶ岳にかかるまで双眼鏡で追跡。「来るとしてもまだ1時間以上かかるな」
翌日、夜の珍客は金山谷乗越まで昨夜置いてきた荷物を取りに出かけた。
主陵縦走してくる登山者の話だとみやま山荘に団体が入り、泊まれない登山者が蛭に流れたらしい。
それにしても80名を少し超えただけなら収容できたのじゃないかな。
お陰で静かな山小屋は遅くまで起きていて皆寝不足になってしまった。
天気が良いので布団干しをしてから下山、青根に向かう。
------------- 2001.5/1-5/6
5/1-5/2は小田原の佐藤さんに留守をしてもらう。定時にその日の様子を伝えてくれる。
小屋番は街で連休後半分と小屋の40周年記念行事の買出し、そして壊れた発電機の代替え機をいくらかでも
安い物はないかと探しまくっていた。
[5/3]2日の夜川崎を出る、中井SAで仮眠の後べーさんの家にて40周年の打ち合わせ。
佐藤さんが東沢まで下りてきてくれる。「洞はミゾレだぞ」今日のメンバーは佐藤さん、由美子さんと邦彦君で発電機、
食料の荷揚げ。 12時過ぎ小屋着。小屋の最高最低温度計は最低気温−3℃を指していた。佐藤さんから
1日と2日の報告を聞き今日の打ち合わせ。
「アザミの天ぷら、美味いぞ、食べるか」佐藤さんが天ぷらを揚げてくれた。「うん、これは美味い」
[5/4]天気はスッキリしないが回復に向かっていると天気予報でも洞はガスが濃い。蛭から登山者が縦走してくるが
数はまばら。雨のせいで登山者が少ない。 またアザミの天ぷらを食べようとアザミ採りに行く。
バイケイソウの葉が伸びた斜面を歩くとエイザンスミレが目に付く。ミヤマキンバイも咲き出した。
今日は賑やかだ。洞でこれだから蛭やみやま、尊仏はギュウギュウだろう。
[5/5]きょうオヤジが6年ぶりに登って来る。様子を見に行きテッちゃん夫妻に会う。「おじさんたち登ってくるよ」
2時半過ぎオヤジ小屋着。べーさん原田さんをはじめ、小屋の40周年を祝ってくれる仲間もどんどん集まりだした。
さあ、オヤジを囲んで懇親会だ。オヤジの挨拶、宮崎さんの乾杯で始まり。
みんな真っ赤な顔に出来上がって10時半就寝。「夜通し酒を飲んでいるかと思った」とオヤジ。
[5/6]40周年記念のブナを6本植樹する、この山のブナの実から発芽させオヤジが27年育てた木だ。
そのブナとオヤジを囲んでみんなで記念写真を写す。オヤジを先に下らせ、小屋番とスタッフは小屋閉め後
オヤジを追いブナの湯へ。 「おじさん疲れなかった」
-------------- 2001.4/28-4/30
いよいよ連休のはじまり。気合を入れるが予約はさっぱり。週はじめにヘリで揚げた資材片づけでべーさんも登る。
今日のメンバーはべーさん、由美子さん、ぎいちサン、太田さん、ちびゆきえさん、まゆみさん,だいちゃん、エリちゃん。
ミツバツツジは展望台で満開。サクラも満開、寒さが戻って長生きしたようだ。
12時半小屋着、小屋の軒先に鯉のぼりが泳いでいる先に着いた組が小屋開けをしてくれた。
揚げた資材は土方さんが片付けてくれていた。山仕事に慣れているとは言え、大変には変わらない。
夜は炬燵を囲む。春とは言え山の気温は低い、天気予報を聞いていると釧路あたりの気温と同じ。
29日:昼頃から雨が降りだす。べーさん太田さんちびゆきえさんは山を下りる。
今日の予約は3名。「おーーい、だれか来てよ」
大ちゃんエリちゃん絶好調。まゆみさんぎいちサンのでこピン3連発の連続攻撃にもめげない。
「○■@DE焼山*・・・」ぎょッ、が外人だァ(^^;;;っそれも3人、それもかわいい女性がいるではないか。
それからバイリンガルの日本の女の子?ひとり。此処で活躍したのは大ちゃん。
日帰りで登ってきて泊まってくれた方が体調を崩す。意識を失いかけて小屋の中に緊張が走る。
着替えをさせて体を温めて安静にさせる。3時間ほどして回復。
30日:昨日から発電機からカラカラと音が出ていた。今朝発電機を回すとパタタパタパタ・・プッスン止まった。
発電機が焼き付いてしまった。
雨は小降りなる。体調を崩した方も回復し自力で下山していった。フランスパーティもまた来ますねと西丹沢に下りていった。
今日で一旦下山、2日までは佐藤さんが入ってくれる。到着は5時半過ぎ。
泊まりの柴原さんが3時過ぎ到着、しばらくしてまた登山者が外に立つ。あっ、あの顔立ちは(汗)外人。
佐藤さんがくるまで柴原さんに留守番をお願いして下山する。
-------------- 2001.4/21-4/22
小屋の飲み物が少なくなったので荷揚げをする。きょうは小田原の佐藤さん、おかぽん、tobetobeさんが日帰りで、大月の鈴木さん(まーちゃん)、なりさん、YAMACatさん、ちびゆきえさん、そして久しぶりのぎいちサンと由美子さんが泊まりで協力してくれる。
それからオヤジが東沢まで丹精こめて育てた檜洞のブナの若木を持ってきてくれることになっている。
犬越林道の桜は盛りを過ぎすでに葉桜になっている。霧雨って言うか濃いガスの中で荷造り。雨具を着るほどのことはないが気温が低いので雨具を羽織って出発。荷物をそこそこ用意したが半分ヘリに載せることになり、ボッカ訓練の若い人たちは荷が軽くて不満顔。
展望台でミツバツツジが咲き出した。
暖かい日が続けばここから3週間ほどで1400m付近のシロヤシオツツジが咲きだす。
1500mベンチで休憩。此処の手前のマメザクラの花芽が紅く膨らんでいる、来週には咲き出しそうだ。
小屋に1時到着。外気温は0℃寒いわけだ。中高年のパーティが蛭へ行くのを断念し今日のお客になる。「無理すこったァねぇ」
そのうち西口さんと三郎さんが到着そして予約の佐藤さん。職業画家、ちょっとかっこいい。
炬燵を囲んで4時の時報で飲みだす。今日は早い。
5時半起床。ガスが濃い、未明に雨が強く降ったと言っていたが全然気が付かなかった。
8時ごろ明るくなり薄日が差し出す。これから裏をヘリの荷下ろし場所の確保。暫定で隅に寄せる。
11時半みんなで下山。途中YAMACatさんが虹がでているとyumikoさんに指差す。
翌朝の新聞に太陽の光が大気中の氷に。云々と記事が出ていた。
犬越路を越えて青根。宮崎さんも来ていた。男衆はヤタ尾根に7-8年前の情報頼りにタラの芽採りに、女衆は近場で山菜採り、たらふく山菜の天ぷらをご馳走になる。
土曜日 曇りのち雨 0℃/ 日曜日 晴れ 4℃/-2℃
-------------- 2001.4/14-4/15
朝5時半すぎ、荷物を積み込んでいると関口さんが「おはよー、よろしく」とザックを背負って登場。今日、一緒に登ることになっている。
以前一緒だった米饅頭のご主人は何処だかに登って捻挫だかして行けずに米饅頭だけが行くことになった。
途中新松田で小田原の佐藤さんを拾って西丹沢へ。
天気は良いが夕方少し崩れるとの予報。荷造りをしながら「雨具置いていっちゃおうか」ツツジコースはヒンヤリした風が吹いていて気持ち良い。登山道に風に飛ばされてきたのか桜の花びらが落ちている。上昇気流に乗って山までの空中散歩。
汗もろくにかかずにクサリ場を通過、「ふー」と息をつく。
小屋に12時半着。佐藤さんとちびさんは30分前に着いて小屋を開けておいてくれた。
2時過ぎ鈴木さん到着。富士山は春霞で見えなかったとこぼしていた。
連休を前に自炊室、小屋裏の片付け。昨年の修繕のとき外に出したままの物がまだ結構ある。トイレの前の風除けは雪で倒れそうになっている。これもなんとかしなければならない。
蛭へ向かう登山者が寄る「蛭まではどの位かかりますか」「2時間半から3時間ですね」ちょっと疲れている様子。今夜のお客さんになってもらう。三郎さん到着。「あれ、また新しいグッズだよ」「おッ。靴も新しくなっている「あ、本当だ」
「西口さんも来るよ、きっと。」金曜日にそんな話をしていたらしい。夜、持ち寄った肴でまた一献、夜は更けていった。10時消灯。
朝、5時半起床。まだ暗かったのでグズグズしていたら二度寝入り、朝日に起こされる。
鈴木さんと佐藤さんは地蔵平から日陰沢に降りる登山道の偵察に回る。蛭が岳の関係者が道標を付けているようだがこちら側じゃ様子がわからないので先週鈴木さんと偵察話をしておいた。
二人が出発する前に台所に棚をつくる。これも連休準備。
蛭が岳から十数名縦走してくる。檜洞の山頂から声はするけどあまり下りて来ない。「お〜い、山小屋ありますよ〜」
12時下山、今日はぶなの湯には寄らず東沢で汗を拭いてかえる。
晴れ 4℃/−3℃ 平地との気温差は15度ぐらい
------------ 2001.4/7-4/8
きょうはシンちゃん、ナリさんと荷揚げのオープン戦、自然教室で待ち合わせ。青根経由で入り日陰沢で大月の鈴木さんとばったり会う。
「一緒に東沢からみんなで登ろうよ」と鈴木さんも合流。 荷物はそこそこに用意しておいた分を振り分ける。
シンちゃんはいつものごとく徹夜明け、ナリさんは3ヶ月ぶり、小屋番も積雪時ずる扱いていて役に立つかどうかって感じ。
登りはじめて登山道に出て休憩、展望台で休憩・・・。
「俺、先発できねーよ、2軍落ちだぁ」「おれなんか登録抹消!」「いやー、おれなんか戦力外通告あははは。」みんなでのんびり揚げる。
途中、バイケイソウの芽が出ている。今年は雪が多かったので地面が凍らなかったせいか山野草の芽吹きが早いのかもしれない。
1時ごろ小屋着。予約を入れてくれた北海道のお客さんが都合で泊まれなくなったと小屋の入口に張り紙をしてくれていた。
もう少し早く着けばお茶でも入れてあげることが出来たのにと悔やまれる。また何時か来て下さい。
今日は総勢8名ストーブの周りで消灯まで話をしている。小屋番は瞼が重くなったので先に就寝に着く。
5時、なりサンと大倉までの早立ち組、写真組はもうすでに起きている。しんちゃんは睡眠不足を解消すべくここぞとばかり寝こけている。
「シンちゃんご飯にしよう」
7時過ぎYAMACatさんは蛭から姫次にむけて出発。8時過ぎ、なりサンと鈴木さん先に下山する。
主陵を縦走してくる登山者も少ない、桧洞に登る登山者もまだ少ない。もうそこまで春が来ているのに。
青根に下りハウスに寄る。オヤジも奥さんも久しぶりにシンちゃんが来たので歓迎してくれる。40周年に植樹するブナを見せてもらう。
「今度荷揚げをするときにおれが東沢に持っていけばいいよな」とオヤジ。
------------- 2001.3/31-4/1
かもめさんに誘われて夜桜宴会に由美子さんと顔をだす。そこには博ちゃんと眞利子さんとそのお仲間がワイワイ桜の木に電気をぶら下げて宴を広げていた。入山前日なので最初はお断りしたのだが、つい顔を出してしまった。宴もたけなわ10時過ぎまでやっていちゃ迷惑と雨も振り出し、寒い花見の席を暖かい部屋に移す事になった。これを機に明日のため失礼する。
降りだしていた雨は朝になっても止まず、由美子さんは中止を決め込む。保土谷バイパス下川井付近からミゾレ。シンちゃんとべーさんの家で待ち合わせをしている。寄はすでに雪化粧。咲いた桜が白い綿帽子をかぶっている。
「あ〜あ、カメラ忘れた」
久しぶりに東沢林道より入山。雪で足元が悪いのでプロパンガスは来週に延ばす。1時前小屋着。午後から回復の予報も夕方までに変わり雪は降り続いている。外気温―10℃。春の陽気は感じられず厳冬期に戻ってしまった。
朝、キレイに晴れ渡り一面の新雪がキラキラ輝いている。日の出は蛭の右、不動の峰付近より日が昇る。明け方の気温―13℃。
今日の仕事は浄水器の組み立て点検。「夕べみたいに又冷えたら壊れてしまうね。」「やっぱり分解して水抜きしなくっちゃね」
11月にポンプを凍結させてしまい壊してしまった事があった。ポンプを取り付け浄水器を動かしてみる。
「OK」きれいな水がジャカスカでてくる。「よーし採水」
蛭からの登山者なし。「それじゃあ下るか、天気がいいから登ってきた人は山頂でお弁当だから」
着いていた霧氷はすでに落ち、写真撮りの人をガッカリさせている。「昨日登って泊まろうかと思ったんですが雨でくじけちゃいました」と写真屋さん。「夕方から止んで今朝早くは、綺麗でしたよ」「そうですか。これから花の時期なのでホームページでの情報お願いしますね」と言われてちょっぴり嬉しがっている小屋番でした。
ツツジコースからの登山者は十数名。せっかく雪が降ったのだから、もっと登ってくればいいのに・・・。
土曜日 −10℃ 雪 日曜日 −4℃/−13℃晴れ
-------------- 2001.3/24
今週は40周年記念の手拭の打ち合わせなどで日本橋まで出る。小屋番をするようになってから浅草合羽橋の道具街で鍋釜などを物色したりすることが多くなった。多くなったと言っても年1−2回だが。
今度は日本橋横山町、ここも繊維関係の問屋街。あっちこっち見て回るが素人お断りの張り紙が貼ってある。由美子さんが「わー安い!」「安いけど箱ごと買わないといけないんだぞ」と教えてあげると「そーなんだあ」とガッカリした風だった。
某繊維屋さんで手拭の打ち合わせを済ませてから浅草で染太郎のお好み焼きを食べたかったのだが、あいにく用事と開店時間の都合で寄らずに雷おこしとあんみつのお土産を買って帰る
-------------- 2001.3/17-3/20
先週に引き続きヤタ尾根から入山する。
ヤタ尾根の植林帯のところの雪はほとんど消えているがブナ林が始まるところから先、熊笹の峰まではまだ雪は多くスノーハイク気分
を満喫できる。 熊笹の峰から洞までの稜線の所々顔を出していた土も先週より増え、ぬかるみを作っている。
天気予報では午後から雨の予報で人っ子一人会わない。まして春のお彼岸は例年閑と相場は決まっているから仕方無いか。
11時半頃舞っていた雪も南風とともに雨に変わる。鈴木さんはどうやら中止みたい。久しぶりに小屋で一人で過ごす。極楽ナリ。
「?もう、7時かあ」ゆっくり起床、カーテン越しに朝日が差し込んでいる。
シンちゃんは昼ぐらいに来る予定、それまで台所の片付けと棚の移動をする。
「こんにちは〜。お茶ありますう」顔を出すとシンちゃんだ。「あれ、ずいぶん早いじゃん」
シンちゃんに軽い昼ご飯を用意し、1時過ぎシンちゃんに見送られて下山。
しまっていた雪も昨夜の雨と今日の春陽気の気温ですっかりクサレ雪になり、チョッと油断するとズボズボ股まで踏み抜いてしまう。
土曜日−4℃雪後雨 日曜日 4℃/2℃ 晴れ 18日から20日までシンちゃんが小屋番。
19日から20日佐藤さん応援。 --------------
2001.3/10-3/11
「山に入っていると風邪なんかひかない」なんて言っていたのに今年はどう言う訳か寝込んでしまった。
寝込んでいる間の小屋の管理は有志にお願いし何とか週末営業を維持することができたが今週は人の手配がつかない。由美子さんに入ってくれるように言う。「あたしはボッカはできないよ」と釘をさされる。「ボッカは探すから・・」当ての無い返事をする。
病院で体の様子を聞く「あと1週間安静にしていなさい。まだ肺の影が消えていないから」「山は無理でしょうか」「駄目です」
結局手配がつかず安静にしながら登れば平気かもしれないと勝手な解釈で荷物を最小限して入山。
ツツジコースより短くて済むヤタ尾根を登る。息が切れないようにゆっくりゆっくり安静にしながら登る。ヤタ尾根は北面のコースなのでまだ雪はたっぷりある。1000m付近で4−50cm、稜線までは7−80cmぐらいだろうか。
広い雪原の斜面。スキーで滑ったら気持ちよさそうだ。
稜線は日にあたるところで土が顔をだしているが、地面と雪の段差が7−80cmもある。まるで残雪期の尾根歩きの様子だ。
小屋に1時半到着。小屋開けをしストーブに火を入れる。今夜は阿部さん清水さんのパーティと久保田さんのパーティ。
炬燵を囲んで酒を飲み交わす。飲めない安部さんも秋田の酒を買ったきので飲んでくれと出してくれる。
飲み過ぎた。夜半すぎトイレに行く。少し前まで降っていた雪は止み満点の星空、月明かりに霧氷が青白く浮き上がって見える。
朝6時起床。阿部さんはもう写真撮りに出かけている。残念なことに着いた霧氷も風で落ちてしまった。
12時下山。青根に向かう。
土曜日 晴れ 夜風強い −8℃/ 日曜日 晴れ −7℃/−14℃
------------- 2001.3/3-3/4
まだ熱が上がったり下がったり、今週はべーさんが入ってくれることになっている。
「大丈夫か」「なんとか。インフルエンザじゃなくて肺炎になっているって」
医者もいい加減なもんだ、最初からレントゲンを撮っていたらもっと早く治っていたのにと思う。
今必要なのは薬と安静。つまり寝ているだけ。
寝ているとちびゆきえさんから電話が入った「今、ぶなの湯」そうか、ちびゆきえさんも入ってくれたんだ。べーさん一人じゃ食事はどうするのかなどと気にかかっていたんだが。「べーさんもいるのか」べーさんに変わって山の様子を聞く。
ツツジコースの雪も北面を除けばかなり減っているとの事。北斜面を通るところはアイスバーンになっていてアイゼンが必要とのこと。
泊まり無し。
3/3水無本谷で66歳男性 沢登り中に転落死 -------------
2001.2/24-2/25
前日より熱がで始める。予約があるので熱があることを隠して入山準備。週末は天気が悪くなる予報で予約がキャンセルになる。
「良かった」内心ほっとする。
一緒に登ってくれることになっていたシンちゃん、だいだいサン、tobetobeさんに入山できないことを連絡するがシンちゃんからは山に入るとの返事が来る。「お願いしますだあ」「下りたらよりますから」「オー了解」
小屋には単独で入ったYAMACatさんと相沢さんのパーティが先に到着している。シンちゃんは到着が遅れ暗くなってから小屋に着いたとのこと。
下山後シンちゃん川崎に来る。「どお?」「ふらふら・・、」といいながら用意していたスタッフジャケットを渡す。「かっこいいですね、気に入りましたよ」喜んでもらえて嬉しい。
今週食べるはずだった食料で水炊きを由美子さんが作ってくれる。シンちゃんは美味そうに食べているが私は食が進まない、「悪いけど、寝かせてもらうよ」
------------- 2001.2/16-/18
「甲斐駒ビューinログハウス」に由美子さんと参加、小屋は佐藤さんが臨時で入ってくれる。
甲斐駒ビューinログハウスは恵比寿のオフ会のとき、かもめさんのお誘いで「かもめさん」「低山山歩」のてっちゃん、「だるだる山荘」のだいだいさんで企画。
当日午後6時半待ち合わせ。かもめさんが迎えに来てくれる。テッちゃんとだいだいサンは梅屋敷で合流。
中央道を快速かもめ号が韮崎を目指してかっ飛ぶ。せいやさんと連絡を取りながら行くが、あの猛スピードじゃ追いつかないだろう。
途中で「鈴木さんも呼ぼうか」とだいだいさん。
午後10時半過ぎ、武川村のログハウスに到着。さっそくビールをテーブルに並べ飲みだす。30分程してせいやさん到着。就寝2時半。
朝、鈴木さん到着。今日の予定は中山に登ってお昼を食べる、造り酒屋を見る、、温泉に入ってから馬刺しと鍋をたべる。の「るるる」
中山は武川村の裏山って感じの山。武田の砦があったらしい。
「洞でものろしを上げるか」「で、何ののろし?」「うん、洞もついに終わった」「あははは」
白州に寄ってから造り酒屋へ。ところで何で白州に寄ったかって。それは秘密。
造り酒屋は丁度蔵開きで大勢の観光客がいた。利き酒会もあり、酒屋の人もお客さんも顔が真っ赤。
武川の湯は新しい温泉。皆、柳沢住人になりすまし入る。出で立ちからすると、どうも怪しそうな感じだが・・
ログハウスに戻り、鍋の準備。テッちゃんの奥さん、由美子さん、だいだいさんが手際よく料理を作ってくれる。
私はストーブの番「・・・小屋のストーブとは違うなあ」と心でつぶやきながら薪をくべる。
「乾杯!」皆で鍋を囲む。メインは馬刺しと鍋。それに「◎」の生酒。実に旨い、さらっとしたフルーティな酒、冷やして飲む。
酒は旨いし、鍋も美味い。本当に楽しい丸太小屋の夜が過ぎて行った。
-------------- 2001.2/10-2/12
前夜、青根に泊まる。今年初めての顔合わせ。雪が降ったりしてなかなか津久井に回れなかった。
今日は鈴木さんと待ち合わせしてヤタ尾根を登る。「止めとけ。ツツジへまわれ」とオヤジ。7時間のラッセル覚悟でワカンを持って出発。
神之川林道は除雪してあり上の林道に車を停める。先行者のトレース有り。休憩卓までつぼ足で登る。
休憩卓は雪ですっぽり埋まっており、積雪は80cmほどある。ここからワカンをつける快適だ。熊笹の峰手前で先行者に追いつく。
「ここから先は俺がやるよ。これから洞へ?」「いや、犬越えにしようか、洞にしようか行けるところまで行って戻りますよ」
熊笹の峰よりはトレース無し、笹もすべて雪の下、広い雪原の様相。ワカンのお陰でもぐっても足首まで、雪はしまっている。
途中の石を巻くあたりより先の痩せた稜線はナイフリッジのようになっておりチョッと厄介。暫く行くと洞より下ってくる登山者とすれちがう。
1時半過ぎ小屋着。西丹沢より入ったシンちゃん達はまだ着いていなかった。
2時頃、シンちゃん到着「みんなバテてるみたい。先に来ちゃった」遅れているのはぎいちさん、大田さん、ちびさん。
そうこうしているうちに榊原夫妻が到着。阿部さん達も着いた。到着が相次ぐ中、三郎さんが蛭を越えて来た。
「楽チン、靴がチョッとかぶる程度、雪がしまっているからワカンがきいたよ」
炬燵を2つたてる。夜は満点の星空。明日の日の出を楽しみにしているのは阿部さん達と鈴木さん。
朝起きるとガスに包まれている。ガッカリしているのは写真班「後で犬越路の方へワカンを履いて行ってみたら」
小屋に残ったものはカマクラを作ったり、雪像をつくったり、銘々時間をつぶす。午後になって杉野さんが来る。松永さんも一緒だ。
「ここが俺の指定席」と炬燵に陣取り一升瓶をとりだす。そこへ西口さん到着酒宴に加わる「ふぐ鰭だよ、お燗つけるよ」
蛭が岳を越えて来た2パーティが泊まる。蛭が岳は2月いっぱい休業とのこと。東側では尊仏に休業の張り紙がはってあるそうだ。
夜はお決まりの炬燵宴会モード。9時消灯。 朝からガス、気温も低い。−13℃。「今日は冷えるねー」
「俺がカメラを持ってくると霧氷がつかないんだ」と杉野さんが外に出る。「霧氷が着きはじめたぞー」空から白いものまで舞ってきた。
今日は早めに下ろう。
遅い朝食の後、片付け入り、下山準備。シンちゃんパーティは西丹沢へ小屋番パーティはヤタ尾根へと山頂で別れる。
「気をつけてねー。バイバイ」「バイバイ、じゃあ、また」下山は西口さんも一緒に下る。「まだ。雪が多いね、こっちは」
土曜日 晴れ −6℃/ 日曜日 曇り/晴れ −2℃/−8℃
月曜日 曇り −10℃/−13℃ ------------ 2001.2/2-2/3
先週の大雪の後の入山。今日のメンバーはスタッフのシンちゃんとベーさん、ゆみこさん。そして佐藤さんとちびゆきえさん。
自然教室で増子先生に挨拶し東沢へ向かう。林道は4−50cmの積雪で車は入れない。「えーーっ。こっから歩くのー」と言いながら荷造り。
林道は膝が埋まるぐらいのラッセル。トップは佐藤さんが引く。交代でラッセルをしながら2時間、やっと取り付きに到着。
「・・・、こりゃ大変だな」さらに雪が深くなっている。「1時間ぐらいかかりそうだね」「着けば良い方じゃない」
斜度がきついから胸までのラッセルとなった、足が前に進まない
手でつぶし膝を入れてつぶしてようやく1歩出す。西口さん達はどの辺を歩いているのだろうか。すでに午後2時を回っている。
時計を見ながら「着くのは5時ぐらいかな」
登山道に出て1500m付近まであったトレースも、先細りするようになった。ここら辺まできて戻った人がいるんだろうか。
先を行く足跡は西口達と望月さん達のパーティの足跡だろう。休憩卓も完全に埋まっている。ここから先は夏道はない直登。
石棚の分岐から地吹雪となる。先行のトレースも消え、外れると腰まで雪にはまり抜け出すのが大変。
山頂には誰もいない山神の祠も埋まっている。小屋に向かって下ると小屋は雪に埋もれていたが煙突から煙が上がっている。
西口さんと来た三郎さんがトイレの雪カキをしてくれていた。小屋周りで1m30cm、小屋裏は吹き溜まりになっているので2mの雪。
「沖縄県の出だから雪を見るとワクワクしちゃって」「まるで犬だね」と西口さん。
夜は炬燵を囲んで先週の顛末話をしながら楽しい団欒。10時消灯。
明けて朝は曇り。「蛭へ行かないの?」「あれは酒の上の話」朝食後雪下ろしと雪カキ。
雪下ろし屋根班と雪カキ班に別れて作業開始。もちろん西口さん、三郎さんも応援となる。
11時半頃大西さんが来る。「雪下ろし手伝います」
1時下山。「林道をまた歩くんだね、長いね」などと言いながらみんなでブナの湯に向かう。
土曜日 晴れ −10℃ 日曜日 曇り −5℃
前日、青根から蛭が岳で遭難騒ぎがあった事を知らされる。 新聞記事 1/31蛭ヶ岳山荘管理人県警ヘリにて救助
------------- 2001.1/27-1/28
低気圧が南岸を通過する。山は雪。こんな中予約が入った。もう何べんも来て頂いている人だ。
雪の中、川崎を出発。鶴見でちびゆきえさんを拾う。今日は「ゆみこさん」と「ゆきえさん」「とべとべさん」
東名厚木付近でベーさんから電話「今どこ?」「厚木。山に向かっている」「気をつけて行けよ」「ハイ」
青根からも電話「これは積もる雪だぞ。午後には止まないぞ」「一応西丹沢まで入ってみます」「気をつけて行けよ、無理すんなよ」
松田の手前でチェーン規制が通行止めに変わった。
またベーさんから電話「もう15cmも積もったぞ」「一応西丹沢まで入ってみるよ、先行は中川を出たみたい」
「とべとべさん」とは新松田で待ち合わせだったが到着が遅れたので帰ったのか会えない。
246はすでに渋滞が始まっている。箒沢で先行パーティに追いつく。「どーする?」「自然教室まで行って考えます」
少し進むと大西さん、「行くのか?自然教室で待ってるよ」
自然教室付近はすでに積雪は30cmほどあり、吹雪の状態。
全員揃い身支度を始める。行けるところまで行くと言うことで11時30分ツツジコースに取り付く。
まだラッセルはそんなに深くは無いが30cmを超えている。
新雪のツツジコース下部のゴーラ沢までは桟道がありに雪が着くと面倒だ。
1−2時間ぐらい前に入山したと思われる先行者の足跡が消えかかっている。洞まで上がるつもりなのだろうか。
1時半ゴーラ沢手前で休憩。ここでこれからの進退をきめる。進んでも小屋まで5-6時間の上かかるかもしれない。
引き返すならここから、雪は40cmぐらいになっている。
ここから全員で引き返すことを決め下る。帰りはまだラッセルのあとがあるからスノーハイクの気分で下る。
自然教室ではもう積雪は50cm、車はもう動かせる状態ではないが少し動かしてみる。
「駄目だね雪が多すぎる」「バスも運休だから中川で宿を探そう」全員一致で中川温泉へむかう。
丹沢荘に泊めてもらうことになる。みんな温泉で入って冷えた体を温め、ビールを飲んで残念会の宴会が始まった。
「洞には今度上がればいいし、今日は楽しく宴会だね」
「よかったね。温泉はあるし、こんなに料理が一杯あって。極楽山行だね」 こうして大雪の一日が過ぎていった。
翌日は晴れ、ベーさんにお願いをして西丹沢まで。除雪を待って車を回収。
--------------- 2001.1/20-1/21
午後から雪になる予報。本格的に降ればと期待して入山。
東沢林道は吹き溜まりがところどころあり、通過に気をつかう。
1時半小屋着。鈴木さんが来ていた。「これから雪が降るからねぇ。いい写真が撮れる事を期待して・・」とニコニコしながら話をする。
そう言えばまだ本格的な降りには会っていない。先週降ったけれどあいにく入山していなかった。
2時ごろ雪が舞いだした、お客さんは無し、今日はゆっくりできそうだ。
コタツを立ててお酒を飲みだす。5時ごろには大きな雪となる。ランプをつけて3人で語り合う。これだまた楽しい。 朝起きると鈴木さんはもう写真撮りに行って居なかった。佐藤さんは法事があると下山の準備をしている。
昨晩降った雪は30cmぐらい。朝日を浴びた新雪の中佐藤さんは下山、鈴木さんも暫くして下って行った。
車が出れるか心配しながら下山準備。
ぎょぇーーー!! なんてこっちゃー。パンクしてしまった。(T_T)
土曜日-6℃/-8℃ 日曜日 0℃
------------- 2001.1/13-1/14
昨晩より冷え込む。強い寒気団が張り出している。川崎でも久しぶりに霜柱を見た。
今週は心ちゃん、佐藤さん(小田原)、ちびゆきえさん。が手伝ってくれる。明日の法事。
街と山の連絡は上のベンチか山頂手前で携帯電話で連絡をとる。docomoは檜洞では、その辺しか電話はつながらない。
降った雪は、大分減っていて、ゴーラ沢の出合いから上の北斜面に着いている。ここは下りでスリップ事故の多いところアイゼンは必携だ。
泊まりは西口さんのパーティと阿部さん。相沢さんは三国より大室を越えて檜洞へ来ることになっていたが、雪のため途中避難小屋泊まり、西丹沢にエスケープ。 -------------
2001.1/6-1/7 年末年始管理シフト表の最後の担当の日。前日より心ちゃんが入っている。
きょうは、ゆみこさんとぎいちさん、大田さんと登る。ぎいちさんは昨日の後片付けで二日続けての入山。
11時半小屋着。小屋では心ちゃん、大月の鈴木さんが蒔き切りをしていた。「ことしも宜しく」「こちらこそ」
皆に挨拶をしてから昼食をとる。
出来上がった裏戸をみて見る。まるで防熱扉のようだ頑丈にできている。
到着が早かったので工具を整理したり棚を作ったりして過ごす。今夜の泊まりは無し。
仲間内で鍋を囲む。愉しい語らいの時は静かに過ぎていった。
10時半就寝。今夜の冷え込みも厳しい。
朝6時起床。鈴木さんはもうすでに起きていて写真を撮りに行ける格好である。
10時過ぎ昼からの登山者が来始める。ラジオでは今夜低気圧が南岸を通るので東京でも雪が降ると天気予報で言っている。
「本格的な雪が来るな」帰れなくなっちゃうかもしれないから皆で下ることにする。青根にもその旨を連絡し1時半下山。
中川温泉でぶなの湯に入る。窓から外を見ると雪が舞いだした。休憩室で休んでいるとベーさんから電話
「雪が降っているぞ。箱根は白くなりだした」「今どこにいるの」「だから箱根」・・・
-6℃/-13℃ ---------------
2001.1/3-1/4
今年初山行、小屋管理シフトで今日の担当が誰っだたか忘れてしまい、急遽入山。一人なのでバイクで行く。
西丹沢は車もすくなく静か。宮崎さんの車がある。そうだ宮崎さんが4日までいるんだったけ。
鈴木さんの車もある。鈴木さんは朝小屋を立つはず、途中で会えるのかもしれない。荷はとくにないので快調にとばす。
11時半小屋着。鈴木さん、宮崎さんともいる。「あれ、午前中に下るんじゃなかったの」「下ろうとしたらバタバタ人が来ちゃって」
鈴木さん12時半下山。今夜は予約なし、誰か来るかと思っていたが誰もこない、今夜は宮崎さんと二人。
ゆっくり起床、天気は良い。
11時半下山。途中、忍足さん、木村さんと展望台で会う。久しぶりの懐かしい友の顔。
今日はベーさんたちと桧洞で合流し山のひと時を楽しむはず。
宮崎さんは山中湖経由で青根によると言っている。俺も青根によろうと神之川林道を行くが日陰沢で通行止め。
12/16の崩落の取り除きがまだ終わっていなかった。「いつまで?」「連休までに終わらせるよ。上の工事もあるし。正月も休まず土砂を取っ
ていたんだよ」 結局青根には回らないで川崎へ。
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